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* The starlit sky

日時: 2007/08/17 12:13 メンテ
名前: 陣乱

暑い陽射しも夕方近くになると幾分か和らぎ、蝉の鳴き声も段々と小さくなっていく。
だが、まだ辺りは明るく、野球少年たちはグランドでまだ汗をかいていた。

その風景を少し離れたベンチに座った男が見ている。
いや、「見ている」のではなく、ただ目線をそこに「置いている」と言った方が正しいか。

彼はある一つのことを思いはせていた。 それは今日届いた手紙のことであり、そして今日会う人のことであった。

会わずに帰るべきか。でも会いたい。でも、やはり…。
それが彼の中で渦巻いている葛藤だった。

考え事をしていたせいか、彼は後ろから近づいてくる気配に気付くことが出来なかった。


「隙あり」


その言葉と同時に、彼の首筋に冷たい物体が触れる。


「うわぁ!」


慌てて立ち上がり振り返ると、よく冷えた缶ジュースを握った女性が微笑んでいた。



「…随分、乱暴なご挨拶だな、エー」

「ふふ、2年ぶりの再会なのにそんな顔しないでよ、フサくん」


可笑しそうに笑うエーにつられて、フサも笑みをこぼした。


「ほんと久しぶりだな。都会の方はどうだ?」
 
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* Re: The starlit sky ( No.1 )
日時: 2007/08/17 12:14 メンテ
名前: 陣乱

「うん、楽しいわ。フサくんも仕事ちゃんとやってるの? 印刷系の会社だったよね」


エーはベンチに座りながら、フサに缶ジュースを渡した。
フサも腰を下ろし、缶のプルタップを開ける。


「上々かな。まだ、小さい会社だけど社長も同僚も良い人たちだよ。俺の遅刻癖は治ってないんだけどな」


ぐいっとジュースを飲み、フサはさっきまでの憂鬱そうな様子から一転、楽しそうな顔をしている。


「高校を卒業してもう4年も経ったんだよね」

「そうそう覚えてるか? 体育祭のとき――」


それから2人は学生時代の話に花を咲かせた。
充実していて、ちっぽけな事に本気で悩めることができた頃のことを。

だが、2人ともどこか緊張しているようだった。


「合唱コンクールで優勝した時、あの怖い先生が泣くとは思わなかったな」

「…ねぇ、フサくん」

「いやあ、俺も感動しちゃってさ。もらい泣きしそうだったよ」


エーは何かを言いかけたのだが、フサは慌てるようにそれをさえぎった。


「あ、知ってる? モララーの奴、ヒゲを生やしてるんだよ。それが似合わないのなんのって……」

「フサくん、聞いて」

「思わず笑っちゃってさ。あいつ顔を真っ赤にして怒りはじめて……」

「フサくん!」

「……」






「わたし、結婚するの」
* Re: The starlit sky ( No.2 )
日時: 2007/08/17 12:16 メンテ
名前: 陣乱

フサは黙り込み、沈黙がおとずれた。
ただ、少年たちの声と、バットにボールが当たる音が鳴り響く。
蝉の音はいつの間にか止まっていた。


「…知ってるさ。式の招待状が届いたから。モナーさんだっけ? 相手のひと」


今朝、フサに届けられたのは結婚式の招待状、そして、一通の小さな封筒だった。
その封筒の中に、「会いたい」というエーの文字があったのだ。


「ごめんなさい」

「……」


エーの言葉にただ、フサは黙り込むしかなかった。


「でも、あなたにはどうしても直接会って伝えたかったの。高校時代に付き合ってたあなたには…」

「それで? もう気は済んだのか?」


ただ前を向いて、エーの顔を見ずにフサは訊く。
エーは少しうつむき、つぶやく様に言った。


「結婚式に出席してほしいの」


ただ一言、押し出すような言葉は、すぐに夕闇に消えた。
だが、フサには耳鳴りの様に残っていたのだった。


「勝手な言い分は解ってる。でも、フサくんが来てくれることでわたし、前に進めるの。もう、後ろを見なくてもいい気がするの。だから……」


エーは肩を震わせいた。今日、フサに会った理由は彼に謝るため。
そして、フサへの思いを後片付けをするため。

エーはうつむいているので、フサからは彼女の表情は見えなかった。
だが彼女が悲しんでいることは解った。

自分の為にフサに無理強いさせ、傷つけているのを悲しんでいる。
フサには解ったのだった。かつて愛した女性だから、守りたいと願った女性だから。

それでも、フサはどうすればいいか分からなかった。
* Re: The starlit sky ( No.3 )
日時: 2007/08/17 12:17 メンテ
名前: 陣乱

いや、どうするべきかは分かる。
ただ、自分の自尊心、意地がそれをためらわせた。

何より……過去を断ち切るのがが怖かった。

いつの間にか太陽は地平線に沈みかけ、数個の星が空に輝いている。
2人は何も言わずに、時だけが過ぎていく。

やがてエーが先に口を開いた。


「あの…」

「悪い、今日は帰る。明日も仕事が早いから」

「……そっか。そう…だよね」


フサは立ち上がり、エーに背中を向け、静かにつぶやいた。

もう、迷う必要はなかった。










「じゃないと、式の日に有給休暇が貰えないからな」

「え…?」

「出席させてもらうよ。結婚式」


エーは驚いたように立ち上がり、フサの背中を見つめた。


「いい…の?」

「ああ」


フサは空を見上げ、それっきり何も言えなかった。
もう一度、空を見上げて、星を眺める。
* Re: The starlit sky ( No.4 )
日時: 2007/08/17 12:18 メンテ
名前: 陣乱

――2人でこの星を見たこともあったな。

――確か、その時が初めてだっけ。エーとキスしたのは……。



在りし日の思い出を振り払い、フサは立ち去ろうと足を前に出したが、突然、背中越しに抱きつかれた。


「え、おい。エー…?」

「ありがとう」


エーは顔をフサの背中にうずめ、泣いていた。


「っ……ありがとう、フサくん」


エーの涙がシャツに染み込み、フサは動けずにいた。
ただ、自分の気持ちを伝えておこうと思った。


「礼を言うのはこっちの方だよ。俺も、お前のことずっと引きずってたのかも知れない。
 いや…多分そうだ。だから、俺も……これで吹っ切れる……。お前と会ってそう思えたんだ」


これはエーのためではなく、自分のためでもあった。
あの時から、「あの日々」の後片付けをしなかったフサに残された最後の機会なのだ。




しばらくして、エーはフサから離れた。

フサは振り返り、エーを見つめる。


「へへ…ごめんね。変なことしちゃって」


指で涙を拭いながら、エーは笑う。


「ふん、あの時のことに比べたらなんでもないさ」

「あの時?」

「あれ、覚えてないのか?」


フサはニヤリと笑った。
* Re: The starlit sky ( No.5 )
日時: 2007/08/17 12:19 メンテ
名前: 陣乱

「みんなでプールに行ったときだっけ。お前が俺の方に転んできて水着が――」

「あー! 駄目! 言わないで!」


エーは耳をふさぎ、顔をぶんぶんと横に振った。


「ひどいよフサくん! せっかく人が忘れかけていた記憶なのに!」

「そんなに恥ずかしがるなよ。あれが良い目の保養になったぜ?」

「フサくん!」


エーは顔を真っ赤にして、フサを止める。
フサは一瞬だけ唖然としたが、すぐに笑い始めた。
それにつられてエーも笑う。顔はまだ赤い。
風がひゅっと通り過ぎた。夕日は完全に沈んでいた。


「そろそろ行かなきゃ」

「ああ」

「フサくん、遅刻癖治さなくちゃいけないよ」

「わかってる」

「本当に?」

「心配すんなって」

「本当にほんと?」

「ああ、期待して良いぜ」

「そっか。なら大丈夫だね!」
* Re: The starlit sky ( No.6 )
日時: 2007/08/17 12:20 メンテ
名前: 陣乱

エーは笑う。


「じゃあ……行くね」

「ん…」

「ばいばい、フサくん」


エーは歩み出した。
フサはただそれを見つめるだけだった。
だが、フサは彼女の背中――あの日から変わらない小さな背中――を呼び止めた。


「エー!」


エーが振り返る。


「エー、幸せにな!」


フサからは彼女の表情がみえない。だが、自己満足かもしれないが……微笑んでいるようにみえた。

自分の祝福を喜んでいるように見えた。
エーはまた歩み出し、その小さな背中はますます小さくなり、そして消えた。
* Re: The starlit sky ( No.7 )
日時: 2007/08/17 12:20 メンテ
名前: 陣乱

それを見届けたフサは上を向き、星空を眺める。


「ああ、そうか」


フサは泣いていた。流れる水粒が頬を伝いながら落ちていく。


「俺、お前のことがすきなんだな」

―だからこんなに痛いんだな


「いっそ、お前をきらいになれたら楽なのにさ」

―自分でも無理だとわかってるさ


「でも、もう大丈夫だよな」

―もう、終わってもいいんだよな












「さよなら、エー。幸せに……な」


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